PALSARがもたらしたもの —地震編—
北海道大学理学研究院 高田陽一郎
1. 概要
2006年1月24日に打ち上げられたALOS (Advanced Land Observing Satellite), “だいち”は合成開口レーダー”PALSAR”(Phased Array type L-band Synthetic Aperture Radar)を搭載し, 世界中の合成開口レーダー画像を撮像した後, 2011年5月12日にミッションを終了した. ALOS/PALSARはJERS-1“ふよう1号”が1998年10月12日に運用を終了して以降, 世界中に望まれたL-band衛星であった. JERS-1の停止以降, ALOSが運用開始するまでの7年半に, 1999年に台湾で発生した集集(Chi-chi)地震(Mw 7.6)や2004年のスマトラ島沖地震(Mw 9.1)などの大規模な被害地震がアジア各地で発生した. また国内でも陸域で2000年鳥取県西部地震や2004年中越地震などが発生した. これらは植生に覆われた地域で発生したため, ERSやENVISATなどの当時運用されていた衛星が照射するC-band(波長5.6cm)のSARでは干渉性が著しく低下するため, 面的な地殻変動を捉えることはできなかった. こうした中で打ち上げられたALOS/PALSARの時代にもアジアや中米の森林地帯で大地震が多発し, 干渉SAR解析によってもたらされた面的な変位場は地震性地殻変動が我々の想像を遥かに超えて複雑であることを見せつけた. 以下ではALOS/PALSARによる干渉SAR解析が特に大きな威力を発揮した2008年中国四川省の地震(Mw 7.9), 2008年岩手宮城内陸地震(Mw 6.9), そして2011年東北地方太平洋沖地震(Mw 9.0)について解説する. また, PALSARの新技術の成果や問題点についても末尾にまとめる.
2. 2008年中国四川省の地震
2008年5月12日, 中国の四川省でMw 8.0の巨大地震が発生した. 震源域はチベット高原の東縁と四川盆地の間に連なる険しい山岳地帯であり, 現地調査は大きな困難を伴った. PALSARが取得したデータを用いて干渉SAR解析を行った結果, 図1(a)に示す通り, 広大な領域で大規模な地殻変動が引き起こされたことが明らかになった. しかし, 震源断層近傍では変位勾配が大きすぎて干渉しなかった. そこで, SAR強度画像を用いたピクセルオフセット解析が行われた. ピクセルオフセット解析とは, 画像同士の面積相関を計算することで, 画像間のピクセルの「ずれ」の量を計測する方法である. ピクセルオフセット解析の結果は衛星進行方向(アジマス方向)とレーダー照射方向(レンジ方向)の2方向について得られる. 四川省地震のピクセルオフセット解析の結果は図1(b)の通りである. この図から, 干渉SAR画像では変位が求まらない震源域近傍に大きなシグナルが得られていることが分かる. 一方で, ピクセルオフセット解析では変位の推定精度はSAR画像同士の位置合わせの精度に強く依存し, 山岳部では40~50 cm程度と見積もられている(Kobayashi et al., 2009, 小林他 2011). この値は干渉SAR解析よりも明らかに大きい. なお, ピクセルオフセット解析自体は光学画像でも可能である(e.g., Avouac et al. 2006)が, その場合にはSARの長所である全天候性が大きな障害となり, 特に災害発生初期に役立てることが難しい. 地震時の断層面上のすべりを求める際には干渉SAR解析とピクセルオフセット解析のジョイントインバージョンが用いられた(Furuya et al. 2010). 推定結果から, 南西部の震源域付近では主に衝上断層型であるが, 北東部へ移るに従い右横ずれ型に変わて行くことが明らかになった.
四川省地震では長波長の地殻変動も期待されるが, 図1(a)の通り, 干渉画像には明らかに電離層擾乱に起因する誤差も含まれていたため, それらをいかに分離するかが課題となった. 電離層の問題は, ALOS/PALSARの運用期間の全体を通じて最も大きな問題の一つであり続けた.
3. 2008年岩手宮城内陸地震
2008年6月14日, 岩手県南部から宮城県北部に跨る栗駒山東麓でMw 6.9の地震が発生した. 宮城県栗原市や奥州市では震度6強に達する強い揺れに見舞われ, また栗駒山南斜面の荒砥沢ダムや駒の湯温泉では大規模な土砂崩れが発生した. 震源域のごく近傍に設置されていたGEONET点「栗駒2」では2.1mの隆起と1.5mの水平変位が観測された. PALSARによって得られた干渉SAR画像は四川省地震と同様に震源域近傍では変位勾配が大きすぎるために干渉しなかった(図2). そこで, この地震でも地殻変動の全体像の解明にはピクセルオフセット解析と干渉SAR解析の両方が必要となった.
この地震は国内で発生したために観測頻度が高く, また北行軌道と南行軌道の両方で基線長の短いペアが揃った. そこで, ピクセルオフセット解析を行い, 北行・南行両軌道でレンジ成分とアジマス成分をそれぞれ推定し, これらを用いて地震に伴う3次元変位場(水平2成分と上下成分)を推定することができた(図3). 3次元変位の推定方法は飛田他(2001)および小林他(2011)に詳述されている.
ピクセルオフセット解析の結果を見ると, 震源域直上が大きく隆起していることが分かる. 一方, 干渉SAR解析の結果から, 震源域以外の領域では地震のCMT解(Centroid Moment Tensor Solution)で表現される通り, 西北西―東南東に収束していることが分かる. また干渉画像を良くみると, 特に震源域の南側では位相の空間変化が極めて複雑になっていることが分かる. このような複雑性に加えて, この地震も険しい山地で発生したため, 地表調査は困難であった. PALSARのピクセルオフセット解析の結果は, 地表で活断層を同定する上で大いに役立ち, また調査結果と調和的であった(丸山他2011).
震源域の西側と東側にそれぞれピクセルオフセット解析によって極めて大きな変位勾配が推定されたことから, 地震学的に推定された西傾斜の断層に加えて, 東傾斜の断層も存在することが指摘された(Takada et al., 2009). この西傾斜と東傾斜の断層を組み込み, さらにSARの高い空間分解能を活用した3次元曲面断層モデルが提示された(Abe et al., 2013). 複雑な地殻変動を説明するために, 数値解析も進化したのである.
前述の通り, 岩手宮城内陸地震は撮像頻度が高かったため, 地震発生後の余効変動を干渉SARで捉えることが出来た(高田他, 2011). また, 干渉SAR時系列解析(PS法およびSBAS法)によって, この余効変動の時間発展も明らかにされた(大下他,2012).
この地震で干渉SARが上げた特筆すべき成果は, 内陸地震の複雑性を示したことと, その複雑性が地質学的な原因を伴っている可能性を示したことであろう. ピクセルオフセット解析で検知された震源近傍の隆起域は, ブーゲー重力異常の高異常地域と良く一致し, また変位の急変域は第三紀以降に形成された大規模な埋没カルデラと強い相関を持つことが明らかになった(Abe et al. 2013). このことは, 合成開口レーダーが持つ高い空間分解能は地質学者が長年積み重ねてきた面的な地質情報と融合して, 地殻の不均質構造の役割を調べる極めて強力なツールとなりつつあることを示す.
4. 2011年東北地方太平洋沖地震
2011年3月11日, 東北地方の太平洋沖を震源とするMw 9.0の巨大地震が発生した. ALOS/PALSARはただちに大規模な緊急観測を行い, 東日本全域の上昇軌道と一部の下降軌道を撮像した. その後, 4月22日に電源トラブルに見舞われ, 5月に運用を停止する. この間に得られたSAR画像から, 世界で初めてマグニチュード9の超巨大地震が引き起こした地殻変動を面的に得ることができた.
図4に東日本全体の干渉画像を示す. PALSARのStrip Map Modeの撮像幅は70kmであるため, このように広大な領域を観測するには, どうしても時間がかかる. その間に余効すべりに伴う地殻変動が進行するため, 隣接するパス同士で干渉縞が一致しなくなる. また, 解析範囲が長大になるため, 軌道推定誤差や電離層遅延に起因すると思われる長波長ノイズが無視できない大きさになった. そこで, GEONETのGNSSデータを用いて干渉画像を補正する試みがなされた. 図4に示す通り, 隣接するパス同士の位相もかなり良く一致するようになった. GNSS観測の結果から干渉画像を補正する方法については, 飛田他(2005)および福島・Hooper(2011)などが優れたレビューを行っている.
東北地方太平洋沖地震(以下, 東北沖地震)は多くの誘発地震を引き起こした. その中で最も特異な物は, 茨城県から福島県の太平洋側に続発した正断層型の地震であろう. 特に2011年3月19日(Mj 6.1), 3月23日(Mj 6.0), 4月11日(Mj 7.0)による地殻変動はPALSARが撮像したデータによる干渉SAR解析で明瞭に同定できる. 東北沖地震では地震時の地殻変動が大きすぎるために, 誘発された内陸地震による地殻変動を覆い隠してしまう. そこで, 誘発地震域の近傍のみを対象として干渉画像を作り, そこから長波長成分を除去することで, 誘発地震による地殻変動を分離することができる. 具体的には, 長波長成分を空間の低次多項式でフィッティングする手法が一般的である.
前述の4月11日にいわき付近で発生した正断層地震について, 長波長成分を除去した干渉画像を図5に示す. 断層運動で位相が不連続になっていることが明瞭に分かる. ここで注目すべきことは, 山地が沈降し, 谷が隆起していることである. このように地形と断層運動のセンスが逆転する現象は, 2010年のハイチ地震(Mw 7.0)でPALSARが撮像したデータの干渉SAR解析からも見つかっている(Hashimoto et al., 2011). 次に着目すべきことは, 明らかに複数の断層が動いていることである. 干渉画像と地表変状の対応関係は国土地理院などによって詳細に調査され, 両者は良く一致した. このように複雑な干渉画像を説明するために, Kobayashi et al. (2012)は3枚, Fukushimna et al.(2013)は4枚の断層を仮定し, それらの断層面上でのすべり分布をインバージョン解析から推定した.
東北沖地震では, 火山活動が誘発されるのではないかという強い懸念があった(今もある). 現在に至るまで, 誘発された火山噴火は観測されていないが, 火山地帯に大きな地殻変動が誘発されていたことがPALSARの観測から明らかになった(Ozawa and Fujita, 2013; Takada and Fukushima, 2013). 東北地震を挟む期間の干渉画像から長波長成分を除去すると, 図6に示す通り, 秋田駒ヶ岳, 栗駒山, 蔵王, 吾妻, 那須の5つの火山地域で衛星から遠ざかる, 即ち局所的沈降を示すシグナルが得られる. GEONETのデータからもInSARと整合的な沈降が検出されている. しかし, 吾妻山と蔵王を除くと, これらの沈降域の内部にGEONET観測点は無いため, この沈降現象は干渉SARによって初めて明らかになったと言える. 現在のGEONET観測点の間隔は平均約20kmであるが, 山岳地域ではこれよりも広いことが多いのである.
これらの沈降域は地震により引き起こされた引張応力の主軸に直交する方向に細長く楕円形に伸びており, 非常に広く大きい. 沈降域の長軸方向の長さは20から30 km, 中心での沈降量は5-15 cmに達する. 沈降した火山はいずれも火山フロントに属する活火山であり, 地熱活動が活発である. 実は, 2010年にチリで発生したマウレ地震(Mw 8.8)の際にも, アンデスの火山地域に沈降が発生していたことがPALSARによる干渉SAR解析から明らかになった(Pritchard et al., 2013). マウレ地震と東北沖地震に伴う火山の沈降域は, その形状・沈降量のいずれにおいても極めて類似している. このような火山の沈降は巨大な海溝型逆断層地震に伴う普遍的な現象なのかもしれない. いずれのケースでも沈降域はGPS観測網を設置することが困難な山岳地帯であり, まさにPALSARの威力がもたらした成果と言える.
5. その他
PALSARはJERS-1には無い機能を幾つか備えていた. その一つが, Scan-SARである. 通常のSAR (Strip-map Mode)では, 一回の撮像幅が70 kmであるのに対し, Scan-SARの撮像幅は250-350kmもあるため, 被災地域が広い場合でも, その全体像を短期間で把握することが可能である. Scan-SARの強度画像は東北沖地震の津波による浸水域などについて重要なデータを提供した. しかし, Scan-SARによる干渉SAR解析は, まだ成功率が低い. チリのマウレ地震や四川省地震ではScan-SAR同士の干渉SAR解析に成功している. マウレ地震では通常のStrip-Map ModeのSAR画像とScan-SAR画像の干渉解析にも成功している. このように新しい解析技術を発展させる上で, ALOS/PALSARは試験衛星として重要な役割を果たしたのである.
PALSARは森林に覆われた地域で発生した多くの地震にも光をあてた. その結果として, 地震性地殻変動の複雑性が浮き彫りとなり, 一枚の矩形断層では説明できないケースや, 地殻が均質であるという仮定が成り立たないと思われるケースが現れた. 我々はこの課題を解決して意義ある成果を出し, 次のSARミッションをより野心的な物にして行く必要がある.