GPS近代化とマルチGNSS時代
東北大学大学院理学研究科 太田雄策
1. GPS近代化
測位システムとして欠かせない存在となったGPS (Global Positioning System) は, 1989年以降, ブロック II, IIA, IIRと衛星システムの更新を繰り返しながらその運用を継続してきた. その中で, 1998年に当時のゴア米国副大統領が2008年以降に打ち上げられるブロックIIFからL2帯における民生コードの送信と, 第3の周波数を民間用に追加すること (GPS近代化) を宣言した. これを受けて2005年以降に打ち上げられているブロックIIR-MのL2周波数帯では民生用のコード(L2C)が含まれている. L2Cコードはそれ以前から用いられているL2P(Y)コードと比較して送信電力が強化され, さらに軍用のL2P(Y) コードを用いずに2周波を利用することができる利点がある. 一般に, このブロックIIR-M以降の衛星システムを指して, GPS近代化と呼ばれている. さらに, 2010年5月に打ち上げられたブロックIIF衛星では第3の周波数であるL5帯 (中心周波数: 1176.45MHz) が含まれるようになった. L5には, L1(中心周波数: 1575.42MHz) に重畳されているC/Aコードよりも高電力で長周期のコード情報が含まれ, 高い相関特性を持つことが期待され, 単独測位の精度向上が見込まれている.
一方で, 測地学的な観点から考えると搬送波自体が増えることにより, より多くの搬送波信号を線形結合によって得ることができる. 表1にL5帯を含むGPS近代化により利用可能になる搬送波信号を示す. ここで重要になるのは, L2-L5線形結合によって波長5.861mという極めて長い波長の搬送波を生成できることである. これまで使われてきたL1-L2線形結合 (波長: 0.862m, ワイドレーン) と比較し, 一般にL2-L5線形結合を超ワイドレーンと呼んでいる. 高精度な測地測量のためには, 搬送波位相の波数不確定性推定 (Ambiguity Resolution: AR) が欠かせないが, 超ワイドレーンでは波長が極めて長いことから衛星-観測点間の高精度な距離推定値をほぼ瞬時に得ることができる. これまでは単独測位で得られる精度(~数十m)と, ワイドレーンで得られる波長との間に乖離があり, そのためにARの探索範囲が広くなってしまうことで, ワイドレーンにおけるARの推定に一定の時間が必要であった. 一方で, 超ワイドレーンにおいてはARがほぼ瞬時に可能であり, 得られた結果は, ワイドレーンにおけるARの探索範囲を限定することに使用可能である. そのため, L5を含む3周波観測ではAR推定のための時間が向上することが期待され, 例えばキネマティック解析などに効果があると考えられている.
2. 多衛星時代 〜GPSからマルチGNSSへ〜
衛星航法システムは, 1960年代以降のトランシット(Transit) がその最初である. トランシットは衛星の軌道を既知とした時の観測点におけるドップラシフトを利用した二次元測位システムであり, その精度は静止しているユーザで30m程度であった. その後, トランシットと同様に衛星からの信号を受信するシステムではあるが, ドップラシフトではなく複数衛星からの三辺測量によって位置を知るシステムであるGPSの開発が米国において進められ, その後1995年に正式運用が始まった.
同時期にロシアで開発が進められていたGLONASS (GLOBAL’naya Navigatsionnaya Sputnikovaya Sistema) は1996年に24基の衛星配備が完了したものの, その後, 様々な要因によって運用が停滞した. 2001年以降, システムの再構築が行われ, 2013年現在, ほぼ設計通りの衛星配置で運用中の状態にある. 従来のGLONASSシステムでは, 搬送波は周波数分割多重方式 (FDMA)によって各周波数帯域(L1, L2)を14サブチャンネルに分けて, 衛星毎に異なる周波数で送信されている. その後, GPSと同様にGLONASSも近代化が図られ, GLONASS-Kという第3世代の衛星 (2011年2月打ち上げ) では新規にL3 (中心周波数: 1204.704MHz) がGPSと同様に符号分割多重方式 (CDMA) によって送信されるようになった.
GPS, GLONSSに引き続き, EU (欧州連合)と欧州宇宙機関 (ESA) によって開発が進められている衛星測位システムがガリレオ (Galileo)である. 2013年現在, 2019年までに30基の衛星システムの打ち上げ, 運用開始を目指して開発が進められている. GalileoではGPSと周波数を共通にしたE1(中心周波数: 1575.420MHz) および, E5a, E5b, および商用サービスのためのE6 (中心周波数: 1278.750MHz) が送信されることになっている. Galileoシステムでは, 2019年度の運用開始に先駆け, 2005年, 2008年にそれぞれGLOVE-A, GLOVE-B (Galileo In-Orbit Validation Element) 衛星が打ち上げられ, Galileo用に確保された周波数帯において試験信号が送信された. 今後, 2014年頃から本運用に向けた衛星の整備が進められ, 2019年度の正式運用の開始を目指す予定となっている.
中華人民共和国 (中国) においても北斗衛星導航系統 (BeiDou Navigation Satellite System) と呼ばれる独自の衛星測位システムの開発が進められている. BeiDouシステムでは, GPS等と異なり, 中高度軌道 (Medium Earth Orbit: MEO) だけではなく, 傾斜静止軌道 (Inclined Geosynchronous Orbit: IGSO) および静止軌道 (Geostationary Orbit: GEO) を併用した測位衛星システムであり, 最終的には2020年までに27基のMEO, 3基のIGSO, そして5基のGEO衛星の計35基からなるシステムの構築を予定している. 2013年12月現在, 4基のMEO, 5基のIGSO, 4基のGEOが利用可能な状態にある.
日本においては, 主に日本を中心とするアジア-オセアニア地域を対象としたGPS衛星を補強・補完するための地域航法衛星システムである準天頂衛星システム(Quasi Zenith Satellite System: QZSS) の開発が進められている. QZSSで特徴的なことは衛星軌道に準天頂軌道を採用し, 日本上空において対衛星の仰角が高い時間を長く確保していることである. 送信する信号は, 基本的に近代化されたGPSシステムと同等のものであり, L5帯 (中心周波数: 1176.45MHz)やL2C信号等も含んでいる. さらに測位精度向上や信頼度改善を目的としたGPS補強信号 (L1-Submeter-class Augmentation with Integrity Function: L1-SAIF) および, 次世代の測位基盤技術確率のための実験用信号 (L-band experiment: LEX) がQZSS独自の信号として採用されている. このうちL1-SAIFは250bps, LEXでは2kbpsの衛星からユーザへのデータ転送機能を持ち, L1-SAIFではGPS衛星の時刻・軌道・電離層遅延等の情報の提供による単独測位における測位解精度の向上や, 初期測位時間の短縮等を念頭においた開発が進められている. LEX信号についてはcm級のリアルタイム測位等を含めて, 送信する補正情報の仕様について2013年12月現在, 検討および開発が進められている. QZSSシステム全体では, 2010年9月11日初号機であるみちびき (QZS-1) が打ち上げられた. 今後, 準天頂衛星2基, および静止軌道衛星1基の計3基を2017年度以降打ち上げ, 「みちびき」と併せての4基体制による運用が予定されている.
このように近年, GPSだけではなく様々な測位衛星システムの開発が進行している. これらのシステムに総称的に付けられた名前が全世界航法衛星システム (Global Navigation Satellite System:GNSS)である. 今後, 衛星測位システムはこれまでのGPSだけではなく, 様々なGNSSシステムの利用がより一般的になるものと考えられる. 例えば単一のGNSSシステムだけではなく, 複数のGNSSシステムを統合的に利用すること (マルチGNSS) によって, 可視衛星数は大幅に増加する (図1). 精密な測地観測を行う上では観測量が大幅に増えることによって, 特にキネマティック解析による短い時間間隔での座標値推定や, 気象学への応用 (マルチGNSS気象学) 等の高精度化が期待されている. 一方で, 異なる衛星システムを用いることによる様々なバイアスが統合解析の際には問題となり, 例えば座標系・時刻系が異なることや, 異衛星系間で異なる受信機ハードウェアバイアス等を考慮することが重要である.