PALSARがもたらしたもの

防災科学技術研究所 小澤拓

1. PALSAR概要

PALSAR (Phased Array type L-band Synthetic Aperture Radar)は日本の陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS: Advanced Land Observing Satellite)に搭載されたL-bandの合成開口レーダー(SAR)である(図1). L-bandのSARは, 1990年代に運用された地球資源衛星「ふよう1号」(JERS-1)にも搭載され, そのSAR干渉法への適用においては, 植生の多い地域においても高い干渉性が得られるという優位性を持つことが実証された. JERS-1のミッションは1998年に終了し, その後しばらくはL-band SARのミッションは行われなかったことから, 新たなL-band SARミッションが国内外の研究者から切望されていた. そして, 2006年1月24日に, PALSARを搭載したALOSが打ち上げられた.

ALOS/PALSARは, JERS-1/SARの機能・性能を改良したセンサーである. SAR干渉法による地殻変動検出において特に有効な改良点は, 衛星軌道の安定性の向上である. SAR干渉法により精度良く地殻変動を検出するための条件の一つは高い干渉性を得ることであるが, 解析に用いる2つのデータを取得した軌道が離れていると干渉性は劣化する. JERS-1の軌道は, 回帰ごとに大きく離れる場合があり, 必ずしも, 地殻変動を求めたい期間に関するデータペアにおいて高い干渉度が得られるとは限らなかった. 一方, ALOSは, 前回帰の軌道に近い軌道を通過するように制御されたので, 回帰が近いデータペアにおいては, ほぼ高い干渉性が得られた. また, 空間分解能の向上なども高い干渉性が得られるようになった要因の一つである. さらに, 北行軌道と南行軌道の両軌道において, 高い頻度で観測が実施されたことにより, PALSARを用いたSAR干渉法によっては, 高い時間分解能で時間的にもれなく地殻変動を検出できるようになった.

PALSARはフェイズドアレイ方式のアンテナを採用することにより, レーダー波を照射する角度(オフナディア角)を変えることができるようになったことも, 大きな改良点の一つである. この改良により, 異なる入射角によるSAR画像を得られるようになっただけでなく, ある地点を多くの軌道からも観測できるようになった. 実際に, 地震や火山活動の活発化等が生じた場合には, いち早くその領域の画像を得るために, 標準モードと異なるオフナディア角を用いた緊急観測が実施された. さらに, オフナディア角を振りながら観測するScanSARモードも採用され, そのデータを用いたSAR干渉解析により, 300kmを超える範囲の地殻変動も検出できるようになった.

その他, PALSARは多偏波観測も可能になり, 多岐にわたる分野において利用されている. ALOSのミッションは2011年5月に終了したが, 現在においても, 5年にわたるミッションにおいて取得されたデータに基づいて, 多くの研究が進められている. さらに, PALSARの後継センサーを搭載したALOS-2(図2)が2014年5月24日に打ち上がり, 国内外の研究者から, さらなる期待が寄せられている.

図1 陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS)

図2 ALOS-2

2. 地殻変動時系列の推定:三宅島における解析例

SAR干渉法による地殻変動検出においては, 大気遅延等に起因するノイズ成分を高精度に分離する手法が大きな課題の一つになっている. そのような手法の一つとして, 2000年頃より, 多くのSARデータを同時に解析するInSAR時系列解析(PS-InSAR法やSBAS法など)が試みられており, 現在では, 一般的な解析手法になりつつある. しかし, 植生の多い領域を対象とすると, C-band SARデータの解析においては長期にわたって安定した散乱が得られるピクセルは少なく, InSAR時系列解析の適用は困難であった. 2006年にALOS/PALSARの運用が開始され, 植生の多い領域においても, 高い干渉度を持つSAR干渉画像が高頻度に得られるようになったことから, InSAR時系列解析の有用性がさらに高まった. 以下では, PALSARを用いたInSAR時系列解析の適用例として, Ozawa and Ueda (2011)による, 三宅島に関する地殻変動検出の試みを紹介する.

三宅島は東京の約180km南に位置しており, 最近の500年間では17~69年の間隔でマグマ噴火が発生している活動的な火山である. 2000年の噴火においては山頂部が陥没し, 直径が約1.6kmのカルデラを形成した. 2001年初頭に実施された国土地理院によるレーザースキャナー測量によれば, その容積は約6億m$^{3}$と推定された. その後, 火山活動は時間とともに静穏化し, 2003年9月に再測されたカルデラの容積は2001年における結果と有意な差はなかった(長谷川ほか, 2004). しかし, より細かな地殻変動が生じている可能性が考えられるため, PALSARを用いたSAR干渉法により, 三宅島の地殻変動を調査した. PALSARは34.3度のオフナディア角を基本観測モードとして定期的な観測を実施していたが, オフナディア角が41.5度の観測モードによる観測も実施されており, 三宅島については, 6つの軌道から観測されたPALSARデータにSAR干渉法の適用が可能であった. その結果, 火口周辺域において, 衛星‐地表間距離(スラントレンジ)が伸長したことを示す変化が見られた(図3). この変化は, 使用したデータペアの取得間隔が長いほど大きくなる傾向が見られることから, 継続的に進行していたものと考えられる.

検出された地殻変動の時間変化を調査するため, InSAR時系列解析を適用した. 一般には, 単一の軌道において得られたSARデータを解析するPS-InSAR法やSBAS法などのInSAR時系列解析が用いられるが, 本解析においては, 6つの軌道から得られたSARデータを同時に用いるInSAR時系列解析を適用した. SAR干渉画像が示すスラントレンジ変化は, 地殻変動ベクトルと入射方向単位ベクトルとの内積値に等しい. よって, 異なる3方向からのスラントレンジ変化量が既知であれば, 原理的には, 3次元地殻変動ベクトルを推定することが可能である. しかし, 右方向視の観測モードしか持たないPALSARに関する入射方向ベクトルは, ほぼ一つの面(共通面と呼ぶ)に含まれ(図2), それに直交する方向の成分に対しては, ほとんど感度を持たない. よって, すべてのスラントレンジ変化は, 共通面内での水平成分と垂直成分の2成分の内積によって記述することができる. さらに, SAR干渉画像が2時期間の地殻変動を示すことを考慮した観測方程式を立て, 地殻変動は時間的に滑らかに変化するという仮定に基づく拘束条件を付与した逆解析によって, 2成分の時系列を求めた(図3). 得られた地殻変動時系列とGNSS観測に基づく地殻変動と比較したところ, 残差の二乗平均平方根は5.3mmであった.

求まった地殻変動時系列において, カルデラ縁付近に注目すると, おおよそ一定の速度で進行する沈降が見られた. 特に, カルデラの南縁付近における沈降量は, 4年間で約10cmに達している. また, 東縁付近では西進, 西縁付近では東進が見られ, 収縮変動を伴っていることがわかる. さらに, カルデラ底に注目すると4年間で50cmの沈降が見られ, カルデラの外側と比べて大きく食い違う変形が生じていることが明らかとなった. この沈降のメカニズムについては, まだ十分に解明されていないが, 2000年のカルデラ形成以降, cm/yrレベルの速度で, 沈降が継続していた可能性が考えられる. さらに, カルデラ底の沈降は, 2008年頃までは15cm/yrの速度で進行していたが, その後急激に減速し, 2010年頃には1cm/yrにまで減速したことが明らかとなった.

図3 (a)北行軌道のパス407から2006年9月11日と2007年12月15日に取得されたPALSARデータから作成したSAR干渉画像. (b)南行軌道のパス57から2007年1月11日と2008年4月15日に取得されたPALSARデータから作成したSAR干渉画像.

図4 入射方向(LOS: line-of-sight)と共通面に関する模式図.

図5 InSAR時系列解析によって推定された地殻変動時系列. (a), (b) 準上下成分と東西成分. すべての図は2006年6月12日からの変化量を示す. 時間ステップは46日毎. (c), (d) (e)に示す地点の地殻変動時系列.