1. SLR の進展
一橋大学大学院社会学研究科 大坪俊通
1. 測距精度の向上
測地技術としてSLR を見ると, 光を使った計測であること, そして地上局・衛星間往復時間の計測であることに大きな特徴がある. 前者は, 測距観測が晴天時に限られるという制約の一方で, マイクロ波とは違って電離層による伝搬遅延の影響は無視でき, また対流圏遅延も比較的容易に高い精度で表現できることが大きな利点である. そして後者により, 衛星側の搭載機器が電力を必要としない反射鏡だけで済み, また地上局でも高い精度で観測時刻を推定する必要がなく絶対距離が計測できる. 現在の測距精度は, 条件がそろえば 1 mm, さらにそれを上回る例も出ている.
地上局においては, レーザーのパルス幅が短いこと, 光検出器が高速に応答すること, 時間間隔を正確に計測すること, そして局内遅延較正を正確に求めること, などが精度を決める重要な要素となる. このほか, 最近では, レーザーの発射繰り返し率を数 kHzまで高めた装置が普及しつつあり, 個々の観測のばらつきを多数のデータで平均化して, 精度を上げる工夫もなされている.
2. 衛星の多様化・高性能化
SLR の観測対象は, 1990年代半ばまでは, 球形の筐体の表面に再帰反射鏡を搭載する測地衛星が大半であった. 測地学への貢献がもっとも大きいのは, LAGEOS-1 および LAGEOS-2 の双子衛星である. 日本の測地衛星「あじさい」(図1)へも多くの測距観測がなされている. 一方, 高精度な軌道情報が求められる地球観測衛星・GNSS衛星・各種試験衛星にも再帰反射鏡が搭載されるようになっている. 日本の衛星「だいち」「きく8号」「みちびき」などもその例である. 特に高い精度が要求されるものには, GNSS 受信機とSLR用の再帰反射鏡を搭載する例も多くなっている.
衛星の高度によって, 衛星に搭載する再帰反射鏡の個数・大きさが変わってくるほか, 入射角のとりうる範囲が異なるため再帰反射鏡の並べ方にも違いがある. また, 衛星上に複数の反射鏡が奥行きを持って配置されていることに起因する系統誤差(target signature 効果と呼ばれる)について研究が進み, 一定の信号強度を保ちつつ再帰反射鏡の配置を狭める工夫がなされている. 実際に, 2012年に打ち上げられたLARES衛星は, LAGEOS衛星の半分近くにまで小型化されている.
衛星に搭載される再帰反射鏡は, 裏面での3回反射を利用するコーナーキューブ型のものが唯一であったが, ロシアが2009年に打ち上げたBLITS 衛星は, 二重の球が再帰反射鏡として機能する. 上記のtarget signature 誤差が消えるという利点が注目されたが, 残念ながら, この衛星は2013年にスペースデブリと衝突し機能を失った.
3. 日本での測距観測とILRS
現在, 国内では, 海上保安庁が和歌山県那智勝浦町下里にて, 情報通信研究機構が東京都小金井市にて, 宇宙航空研究開発機構が鹿児島県中種子町増田にて, それぞれSLR観測局を保有し運用を続けている(図2). これらの観測局では, 日本の人工衛星はもちろん, 他国の人工衛星に対しても測距観測を実施している. 測距精度の面では, どの局も数ミリメートルに達しており世界レベルにある.
測地学上特筆すべきは, 海上保安庁の下里水路観測所において, 30年を超える期間にわたり連続して測距観測が行われてきたことである. 日本の海図を世界測地系に結びつける役割を担っている. 世界的に見ても, 1980年代前半から一つの地点で継続して運用している例は多くなく, 特にアジアにおいては下里が唯一である. 情報通信研究機構では新技術の開発・実証, 宇宙航空研究開発機構では衛星ミッションへのサポートを主たる目的にしているが, 自局の位置決定のためには測地衛星への定常的な測距観測が必要である.
現在では40以上の人工衛星に対し, 40以上の地上局から測距観測が行われている(図3). 人工衛星が地球を周回すること, そして汎地球規模での測地解を導出することを考えると, 例えば日本の人工衛星であっても, 日本の3局だけから測距されるより, 地球上のあちこちから測距されることが望ましい.
軌道を力学的に解析する必要から, 一国・一地域だけではなく, 世界中のデータを収集して, ユーザである解析者に使いやすい形で提供することが求められる. また, 再帰反射鏡を搭載する人工衛星が増えるなか, 効率的に測距データを取得するためのスキーム作りも必要とされる. 国際レーザー測距事業(International Laser Ranging Service; 以下「ILRS」と略す)はこのような目的で1997年に組織され, 世界の測距局・解析センター・データセンターなどが加盟している.
4. 精密軌道決定
人工衛星の軌道決定は, 測地学とともに宇宙工学の一分野でもある. 衛星に作用する加速度を数値的にモデル化し, 数値積分によって位置や速度を計算しながら, 観測値とできるだけ合致するようにモデルや初期値の改良を重ねる. 一般に, 軌道高度の低い衛星ほど, 衛星に作用する加速度が複雑になる. 例えば, 大気による抵抗, 地球からの輻射圧, 地球重力場・潮汐変動などによる加速度は, 正確なモデル化が難しく, 衛星の運動を正しく記述できない. そのため, 軌道高度が数百 km の衛星は正確な軌道決定が難しく, 数千~数万 km 高度の衛星のほうが容易に高精度を達成できる.
現在のレーザー測距技術は1~数ミリメートルの測距精度を誇る. 大気遅延の補正, target signature 効果の影響, さらには全軌道のなかで測距観測のなされる割合が低いことなどから, 必ずしもその測距精度が軌道決定精度には直結しないが, 多くの場合数センチメートルかそれより高い精度が実証されている.
測地学の範疇に入る例は後述することとするが, そのほかにもこのような高い精度を必要とする人工衛星は少なくない. 例えば, 海面高や氷の厚さを宇宙から測定するような低軌道のアルチメーター衛星においては, レーダーあるいはライダーにより, その衛星から対象物までの距離を測定する. そのとき, その衛星自身の時々刻々の位置を正確に知る必要がある. SLR用の再帰反射鏡とともにGNSS受信機を搭載することが一般的になっている. アルチメーター衛星において重要な動径方向(地球に近づく・遠ざかる成分)の高精度決定にはSLRの寄与が大きい.
このほか, 高度20000 km 前後のGNSS衛星コンステレーション(GPS, GLONASS, GALILEO, COMPASS)の一部あるいは全部に, 再帰反射鏡が搭載され, SLRによって軌道の較正が行われている. 日本の測位衛星「みちびき」は, それらよりも高い高度36000 km にあり, 可視域がアジア・オセアニア地域に限定されるが, やはり再帰反射鏡が搭載されており, 距離は長いにもかかわらず定常的なSLR観測に成功している.
5. 地球基準座標系の構築
地球の幾何学的および力学的形状を解き明かすのが測地学であり, SLRはその両方に寄与する.
近年発行されている ITRF では, SLRによる地球の平均重心位置が原点と規定され, またSLRとVLBIで半々の割合でスケールが定められている. 人工衛星の軌道から地球の重心に対する感度を持つこと, そして地上局・衛星間の絶対値の測距ができることが汎地球規模の幾何構築に向いているためである. このような目的には, 長く LAGEOS-1およびLAGEOS-2の双子衛星(高度約6000 km)への測距データが用いられてきた. 2012年打ち上げのLARESは, 軌道高度は約1500 kmと低いが, 質量に対する断面積の比が極めて小さく多種の摂動を抑制することができるため, 今後の活用が有望視されている.
地球の形状に対し, 地球の重心は主に両極方向にそして主に1年周期で変動している. 1 cm を下回る小さな動きではあるが, これもSLRデータによって検出されている.
6. 地球の重力場
汎地球規模で重力場を表現する方法としては, 球面調和関数を用いることが一般的であり, SLRにおいてもそれが用いられる(第4部 付録参照).
21世紀に入り, 力学的形状つまり重力を汎地球規模で求める試みはCHAMP・GRACE・GOCEといった重力計測専用の人工衛星により大きく発展した. しかしながら, 低次の項に関してはSLRによる決定精度は今なおそれらをしのぐ. また, これらの登場以前はSLRが汎地球規模の主たる重力観測手段であり, 空間分解能は低いながらも長期にわたる地球重力場の導出が可能である. 例えば, グリーンランドの氷が減少を始めたのは21世紀に入ってからであることがSLR解析によって示されている(図4).
このような解析のためには, 軌道の異なる数多くの衛星を統合して解析することが重要であり, 日本の「あじさい」に対する測距データもよく使われている.
地球重力場球面調和関数の0次の項に相当する地球の重力定数 (GM) もSLRによって決定されている. ちなみに, 球面調和関数の1次の項は上記の地球重心位置変動に相当する.
7. 月惑星科学への応用
SLR用再帰反射鏡は人工衛星だけではなく, 天然の衛星である月の表面にも設置されている. 1969年から1973年の間, アメリカのアポロ計画によって3点に, 旧ソビエト連邦のルナ計画によって2点に, 再帰反射鏡アレイが設置された. 人工衛星に比べると距離が非常に遠いため, 測距観測が可能な地上局は主に高地に作られ大口径望遠鏡を備えたところに限られる. すでに40年以上にわたり月への測距観測が続けられ, 月の軌道や自転を高精度に決定することで, 月内部に関する研究や, 相対性理論に関する研究にもつながっている. 日本を含めいくつかの国では, 新しい月面反射鏡設置の機運が高まっている.
再帰反射鏡を用いる往復型の測距は, 信号強度の面から月程度が限界であるが, 探査機に送信・受信装置を搭載することで片方向であれば測距可能な距離を飛躍的に伸ばすことができる. 月・水星・火星への探査機では, 一方向あるいは双方向の光信号伝送に成功しており, レーザー測距技術の新たな可能性を拓いている.