1-6. 気象学と測地学
京都大学大学院理学研究科 福田洋一
精密測地計測では, 気温や気圧, 湿度などの気象変動の影響を受けることが少なくない. 伸縮計や傾斜計などの地殻変動連続観測が地下深い観測井や坑道で実施される理由の1つも, 地表面の気象変動の影響を避けることにある. 従来の気象学と測地学の関わりは, このように, 気象の影響を測地計測のノイズとしてとらえることが主流であった. しかしながら, 最近, 精密測地計測への気象変動の影響を逆手にとり, それらを気象センサーとして積極的に利用しようとする研究が進められている. 1つの例として, GPS衛星から受信機までの電波伝搬の到達時間が大気中に含まれる水蒸気によって遅れること(電波伝搬遅延)を逆手にとり, 大気中の可降水量分布を求めようとする研究があり, 「GPS気象学」と呼ばれている. 我が国では, 国土地理院によって1200点以上のGPS連続観測システム(GPS Earth Observation Network System : GEONET)が構築されているので, このデータを気象庁の数値予報システムに取り込むことで天気予報の精度向上につながるものと期待されている. また, 地上観測ばかりでなく, 低軌道で飛ぶ人工衛星(Low Earth Orbiter : LEO)にGPS受信機を搭載し, GPS衛星から見てLEO衛星が地球の影(食)になる前後で同様の観測を実施することで, 成層圏の温度や対流圏の水蒸気圧の鉛直分布などを調べることも可能である. このような観測は, GPS掩蔽(えんぺい)観測と呼ばれ, そのデータを用い, 近く, 実時間での全球数値モデルへのデータ同化も開始される模様である.
このような計測手法での関わりばかりでなく, 大気と固体地球は物理現象としてもさまざまな興味深い関係を持っている. 例えば, 大気と固体地球の角運動量の交換が地球の自転速度を変化させることは, すでに20年以上前から知られていたし, また, 最近発見された常時地球自由振動の原因としても大気が有力視されている. 測地学の対象は, 固体地球ばかりでなく, 大気, あるいは海洋を含めた1つのシステムとしての地球なのである.