1-11. 精密地球計測科学としての測地学
京都大学大学院理学研究科 福田洋一
地球の形状と重力場の精密決定を目的とした測地学の歴史は, 精密計測の歴史そのものと言ってもよく, 高度に発達した現代の測地計測技術は, 地球惑星科学のさまざまな研究分野において, 精密地球計測科学として大きく貢献をしている. 測地計測の基本は, かつてエラトステネスによる地球半径の測定の時代より, 角度と長さ, あるいは角度と時間といった極めて基礎的な物理量の測定にあったが, 現代の精密測地計測では, よりシンプルに, 長さと時間をいかに正確に測定するかということが基本となっている. 例えば, 地上で用いられている最先端の絶対重力計では, 自由落下する物体の落下距離の時間的な変化を, ヨウ素安定化He-Neレーザー光の波長とルビジウム原子時計を用いて計測している. また, VLBI, SLR, GPSといった宇宙測地技術では, 光速で伝搬する電磁波(電波・光)の伝搬時間, あるいは伝搬時間の差を高精度で計測することがその基本となっている. さらに, 長さの基準である1mは, 「真空中を光が299,792,458分の1秒に進む長さ」と定義されていることを考えると, 実は, 現在の精密測地技術を支えているのは, 時間(周波数)という最も基本的な物理量の測定であるということもできる.
時間の定義は「セシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9,192,631,770周期の継続時間」(理科年表より)ということであるが, 最近の原子時計では1秒について10-13を切る安定度が達成されている. これは電磁波の伝搬距離として30μm以下に対応し, 地上観測では最高の感度を持つレーザー伸縮計も, このような極めて高い周波数安定性を利用している. 大気温度構造や水循環などの地球環境監視技術として注目されているGPS掩蔽法や衛星重力ミッションも, 原理的には高精度な時計を利用した衛星間の精密測位技術を応用したものである. このように, 精密測地計測がさまざまな地球科学計測の基礎となりうる1つの理由は, 時間という最も基礎的かつ普遍的な物理量の測定のみに立脚していることであろう. 100年以上も前の明治時代に実施された基準点測量の結果が, 我が国の地殻変動観測の基礎を与えているのと同様に, 重力場や地球回転, あるいは宇宙測地技術による新しい種類の観測データも, 地球の長期的な変動モニタリングに欠かせない, 世代を超えたキャリブレーション・フリーな観測データとして, 今後もその重要性はますます高くなっていくであろう.