荷重潮汐と関係した現象に,約1万年前の氷河期の氷が融解した後の地球の応答(Post-Glacial Rebound:PGR,またはGlacial Isostatic Adjustment:GIA)の問題がある.この研究は,地球の長周期での非弾性についての第1級の情報をもたらす.例えば,南極大陸は現在も平均約3000mの厚さの氷で覆われており,その荷重により,南極大陸の地殻は200m〜300m押し下げられている.先のPGRの研究では,このような大きな変形が,氷が無くなって行くにつれ,どのような時間的な変遷を経て回復(上昇)しているのか,言い換えると,負の荷重に対する地球の荷重応答の時間変化を精密に研究していると言える.それには,氷が解けたことによる海水面の上昇,それによる海底の荷重変形も考慮する必要がある.
類似の問題は,過去の氷河のみならず現在の氷河でも起こっている.産業革命以来の過去100年間の産業活動の規模拡大は,確実に地球大気のCO2の増大をもたらしている.このため,地球の平均気温は約1℃上昇し,海面温度の上昇による海水面の上昇や,地球温暖化による気候変動等,地球環境変動の問題が,人類の近い将来の大きな問題になっている.地球温暖化の一例として,中緯度地帯の氷河,特にヨーロッパアルプスの氷河の後退が急速に進行していることが知られている.北極も例外ではない.近年の,宇宙技術を使った測位観測,また,FG5や超伝導重力計に代表される重力の絶対測定や相対測定の精度向上は目覚しいものがあり,これら測地観測手段を使い氷河の消長,その地球環境への影響についての観測,研究が行われるようになった.
例えば,第1節でも例に出した北極スバルバール諸島のスピッツベルゲン島のニーオルセン(北緯78.9°,東経11.9°)では,VLBI,GPSによる地殻の上昇(約6mm/yr)とそれに符号した重力の減少(-2.5μGal/yr)が観測されている.これらの上昇率や重力の減少率は,PGRの計算で期待される量より遥かに大きく,その差を説明するにはPGRに重畳している現在の氷河の融解の影響を考慮する必要がある.PGRのような地球の非弾性の問題を考える上でも,観測の補正に使う海洋荷重潮汐の計算精度,また現在の氷河の消長の影響と言った弾性荷重変形の計算精度を上げることが大きな課題である(佐藤,福田, 2003).
このように,測地観測や弾性・非弾性荷重計算精度の向上で,測地観測は地球環境問題にも,雪氷学,海洋学,気象学とは別な切り口からアプローチする手段を提供している.測地研究の幅広さを示す1つの例と言える.一方,荷重計算の精度の向上には,1つは,地震波の研究に基づく地球モデルの高精度化が基礎になっている.高精度化した観測データを解析し,その結果を解釈するには,今後ますます他の学問分野との連携が必要になることは間違いない.
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