1998年公開講座のご案内
「地球環境変動を測地学する」
- 日時:平成10年10月25日(日) 午後1時30分から午後4時まで(午後1時開場)
- 会場:京大会館 京都市左京区吉田河原町15-9(TEL 075-751-8311)
- 主催:日本測地学会・(財)日本学術協力財団
- 後 援(依頼中):
朝日新聞社京都支局・京都新聞社・毎日新聞社大阪本社・読売新聞社京都総局・NHK京都放送局 - 問い合わせ先:
日本測地学会公開講座事務局(京都大学大学院理学研究科内)
TEL:075-753-3912、E-mail:fukuda@kugi.kyoto-u.ac.jp
または、日本測地学会事務局(国土地理院内)
TEL:0298-64-4767、E-mail:geod-soc@vldb.gsi-mc.go.jp
- あいさつ
- 13:30~13:45
京都大学防災研究所教授
日本測地学会会長 田 中 寅 夫
- 13:30~13:45
- 講 演
- 13:45~14:30 「地球温暖化時代における測地学の役割」
国立天文台地球回転研究系
助教授 内 藤 勲 夫 - 14:30~15:15 「地球変動を海から覗く」
東京大学海洋研究所
助教授 藤 本 博 巳 - 15:15~16:00 「地殻活動予測と測地学」
京都大学防災研究所
助教授 橋 本 学
- 13:45~14:30 「地球温暖化時代における測地学の役割」
公開講座の開催にあたって
(日本測地学会会長 田中寅夫)
みなさんは、普段、測地学という言葉にはあまりなじみがないと思います。しかし、最近、地球温暖化現象など地球環境問題をはじめとするグローバルな地球変動が注目されていると同時に、身近な問題としても、地震や活断層など地球と人間との関わりを考えさせられる場面が増えていることは良くご存じと思います。測地学は、こういったさまざまなスケールでの地球と人間に関わる領域の研究を、「地球をはかる」という視点からとらえる地球科学の一つの分野です。また、このような地球の研究に、測地学はたいへん重要な役割を果たしており、例えば、地球温暖化による海面上昇の監視を行おうとしても、測地学の知見なしには精密な計測もできませんし、また、測定値の意味を正しく理解することも不可能なのです。
この公開講座では、普段あまりなじみのない測地学の役割について、日本測地学会で現在最も活躍中の3人の研究者が、測地学に関連した最新の話題について、地球を空(大気)、海、陸の視点から眺めながら、やさしく解説いたします。この公開講座を通じて、測地学についての理解をいただくとともに、地球について考える一つのきっかけとなれば幸甚です。
地球温暖化時代における測地学の役割
(国立天文台地球回転研究系 内藤勲夫)
人間活動によってもたらされる大気中の炭酸ガスの増加が地球温暖化を引き起こしていることは今や徐々に観測事実となりつつある。温暖化は文字通り大気や海洋の温度が上昇することである。その結果、まず大気の温度が上昇すると大気中に水蒸気が含まれやすくなり、増加した水蒸気は高緯度の冷たい空気に触れて雨粒となって北日本などに多量の雨をもたらすと考えられている。しかも、大量の水蒸気はしばしば集中豪雨型の雨をもたらすと予測されている。一方、海洋の温度が上昇すると、海水の熱膨張によって海面上昇が引き起こされ、沿岸のゼロメートル地帯に広がる東京や大阪などをはじめとする世界の大都市や太平洋などに点在する熱帯の美しい小さな島々が海の波に洗われるようになると予測されている。
そこで、まず必要なのは温暖化がもたらすこうした影響を観測で把握することであるが、果たして水蒸気量や降水量が本当に増加しつつあるのか、あるいは現在観測されている海面上昇が本当に温暖化の結果なのかと言うとまだほとんど見当がついていない。その第一の理由はそれらの観測の精度の低さにある。例えば、現在、水蒸気量の観測は200km程度の極めて粗い間隔で設けられている高層気象台のラジオゾンデの観測に依存しているが、これでは数10平方km程度の極めて局所的な地域に集中豪雨をもたらす水蒸気量の分布を捕らえることはできない。こうした中で、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)、衛星海面高度計、衛星重力計などの様々な測地学的観測手法が登場し注目されている。
このうち、GPSは地球上の位置を高精度で決定するシステムとして船舶・航空機はもとより最近では自動車のナビゲーション・システムにも組み込まれているのでご存知の方も多いと思われる。このGPSが水蒸気量変動の観測に威力を発揮するものとして現在内外から期待されている。とりわけ、地震予知研究を目的として日本列島の地殻変動の監視のために国土地理院が設置した世界に類を見ない稠密な我が国のGPS観測網は上述したような局所的な水蒸気量変動の観測にそのまま利用でき、その成果が現在世界から注目されている。
ここでは、そうしたGPSの役割をはじめとして、衛星高度計や衛星重力計などによる海面上昇の検証の観測研究など、測地学が取り組む地球環境科学のの最前線の取り組みなどを手短に紹介する。
昭和17年東京市生まれ
昭和44年東北大学大学院理学研究科修士課程修了
同年文部省緯度観測所気象観測課研究員
現在、国立天文台地球回転研究系・助教授
理学博士
現在の専門: 地球回転変動論、GPS気象学、特に、測地学、気象学、海洋物理学、水文学などの学際分野の開拓を目指している。
地球変動を海から覗く
(東京大学海洋研究所 藤本博巳)
エジプト時代にナイル河が氾濫するたびに土地の区画を測りなおしたことが、現在「測地学」と呼ばれている学問の始まりと言われている。現在では測る対象は地球全体におよび、正確な位置を決める基礎となる地球の形と重力場を決定すること、および正確な位置決めから地球の回転や地殻変動の様子を明らかにする研究に取り組んでいる。
地球の形を決めるときに用いられる地球の形をジオイドというが、これは山や谷のある陸や海底の地形ではなく、海面の形である。海面は、波や、海流、潮の満ち干などによって変化するが、これらの影響を取り除いた海面の形である。陸におけるジオイドは運河でも掘らない限り直接見ることはできないが、海面と同じ標高の面である。地球は水の惑星と言われるが、測地学的に見ても水の惑星である。
測地学という学問の特徴として、極めて精度の高い観測を行っていることと、それによって現在の地球変動を実測できるという点を挙げることができる。その観測の時間スケールとして、水準測量など従来の観測方法によるものでは100年程度、GPSなど最新の宇宙技術を駆使したものでは10年程度の変動が観測されている。海底には最近の約2億年間の地球変動が記録されている。10年という時間は、2億年という海底の年代からみればほんの一瞬である。しかし高精度の測地観測は、その一瞬の間に観測された海洋底の拡大運動が、海洋底に残された記録から地学的に求めた運動と極めてよく一致することを示した。
10年から100年という期間は、地球温暖化に関する研究にとっては重要な時間スケールである。この10年くらいの間に地球の平均気温が上昇したという報告があるが、それでは海水準の変動はどうか、というところが問題となる。この変動はmm単位の小さな変動であり、そのための研究が進行中である。海岸の検潮所で記録されてきた海水準の変動は、比較的長いあいだ観測されているが、地殻変動やエルニーニョなどの海洋変動など、場所によって変わる変動を除く必要がある。人工衛星から海面の高さを測る方法では近年1年に2mm程度の上昇が観測されているが、10年以上のスケールでは変わっていないという解析結果もあり、今後の研究が重要である。
現在の固体地球の変動は、基本的には海洋プレートの拡大と沈み込みによって支配されており、海洋プレートの境界は地球上で最も大きな変動が起こっている場所である。しかし特殊な場所を除けばその変動帯は電波の届かない深海底にあり、GPSなどの宇宙技術を直接用いることができない。その変動を調べるために、深海底において地殻変動を観測する研究が進められており、最近の動向を紹介する。
昭和23年 岐阜県生まれ
昭和46年 東京大学理学部卒
東京大学海洋研究所助手
現在、東京大学海洋研究所・助教授
理学博士
現在の専門: 海洋測地学、特に海洋底での精密測位や、海上や海底において地形、重力、地磁気などを精密に観測することに取り組んでいる。
地殻活動予測と測地学
(京都大学防災研究所地震予知研究センター 橋本 学)
畑違いの素人感覚ながら、最近天気予報はよく当たるようになったと思う。これは、気象衛星「ひまわり」を始めとしたいろんな気象観測により時々刻々データが得られるようになったことが大きいが、それとともに大気の数値モデルにより気象現象の予測の精度が向上したことも大きい。第1次世界大戦の頃にイギリスのリチャードソンが始めた数値予報の研究は、その後の関係者のたゆまない努力に1950年代以降のコンピュータの急激な進歩や観測網の充実が結びついて、今日の実用化段階にまで達することができた。その間、有名なローレンツの研究により、カオスという新しい科学の分野の開拓に大きな貢献をしている。さて、お天気がコンピュータで予測できるのなら、地震などの地球の内部で起きる現象もコンピュータで予測できるのでは、と思うのが当然の成り行きである。しかし、その道筋は決して単純ではない。天気予報にならうと、数値予測のために必須な条件が3つある。(1)観測網の充実、(2)数値モデルの確立、(3)コンピュータの進歩、である。
地震は地下数kmから約600kmの深さで発生する。しかし、我々人間の持つ観測手段は、せいぜい3kmであり、大部分の観測機器は地表とごく浅いところに設置されている。したがって、「ひまわり」を持たない地震研究者に、天気予報と同じように地震の発生を予測せよ、というのは現時点では無理な注文である。それでも何とか予測に結び付けようといろいろな試みを地震研究者は行っている。地震は、地殻内部のひずみが大きくなって発生するので、地震観測はお天気で言うなれば雲や雨を見ているようなものである。もちろん地震観測によって、地下に潜む断層の位置や、地震発生領域の定性的な応力状態、などの重要な情報を与えてくれるが、それだけで十分ではない。お天気の予測でも必要なのは気圧・温度・湿度といった目視では得られない情報であり、地球内部の現象でいえば、ひずみ・応力といったものにあたる。それらは地震観測では得られないので、地殻内(あるいは地表)にセンサーを設置して、直接測るしかない。ひずみを測る手段として、これまで三角・三辺・水準などの測量が用いられてきた。しかし、これらの手法は時間がかかったり、気象条件に左右されるなどの理由から、連続的なデータを得ることが不可能であった。これらの問題を一挙に解決し、今や地殻活動の観測に不可欠な手段となったのがGPS(汎地球測位システム)である。国土地理院により設置されたGPS連続観測網(GEONET)により、我々は研究室に居ながらにして日本列島の動きを見ることができるようになった。地震研究者は、やっと「アメダス」を手にすることができたのである。
さて、数値モデルには、その基礎となる物理を記述する方程式が必要である。地球内部、特に断層、についてその物理を記述する方程式がなかったが、最近20年間の実験の積み重ねから、いくつかその候補が提案され、実際に理想的なモデルにより地震活動のシミュレーションが行われるまでになった。しかし、これらのシミュレーションは、理想化した地殻を扱っていて、地質図から想像されるような複雑な構造を持ったモデルへの適用はこれからの課題である。
コンピュータの進歩には地震研究者の想像を越えるものがあるが、現状の最速のスーパーコンピュータをもってしても地殻活動予測に用いるにはまだまだ能力が足らない。そこで、科学技術庁を中心として「地球シミュレータ計画」がスタートし、地殻活動予測を含めた地球変動予測のための並列コンピュータおよびソフト開発研究が始まった。これまで個々の研究者が"家内工業的"に行っていた研究が、ようやく組織化され大きな流れを形作る端緒が得られたのである。
ここでは、筆者の研究をはじめいくつかの研究例を紹介しながら、地殻活動の数値予測研究の現状とその課題について概説する。
昭和32年和歌山県生まれ
昭和59年京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了
昭和59年建設省国土地理院入省
平成9年より京都大学防災研究所地震予知研究センター助教授
理学博士
現在の専門: 地震テクトニクス、特に地殻変動と地震発生の数値モデルの研究に取り組んでいる。